ホリスティック管理栄養士 / 岡 清華さん(part2)

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1993年⽣まれ、兵庫県出⾝。ファッション誌モデルとして活動しながら、⼤学在学中に管理栄養⼠資格を取得。その後、カウアイ島にてアーユルヴェーダを学ぶ中で、全⽶ヨガアライアンスを取得。帰国後Vegan, Organic, Ayurvedaをコンセプトにした飲⾷店やケータリングでの料理提供や、会員制スタジオで、ヨガや栄養指導を⾏ない、「腸」に特化したフード開発、レシピ監修、イベント企画、運営を担当。独⽴後、ヨガを含むアーユルヴェーダ” の観点から「⼀⼈⼀⼈が最も輝くベストな⼼⾝を知り、持続可能な⼈⽣をサポートすること」をコンセプトにアーユルヴェーダを基にするヨガや、⾷を通じたエシカル事業など、多⽅⾯から事業を展開しながらコミュニティを創設し、オンライン上で瞑想・ヨガのスタジオ、カウンセリング、ECショップアカデミースクールなど様々な活動を行っている。

止まる必要性を実感

止まる必要性って、やっぱりみんな知っていそうで分からない。でも、改めて聞くと、皆さん、動きすぎなところもあるのかなって。

本当にそうなんですよね…。多くのことを成し遂げているように見えて、意外と一瞬一瞬を大事に生きてない。「あれもこれも」というように、色々なところに移動してる時に時間が過ぎてしまっていて、結局その時間って考えてるだけで何もできてないというような、空回りしている人たちがすごく多いんですよね…。昔の自分も含めて。

なので、多くのことを一気にせずに、「1個終わったら1個やる。1個やったら1個やる」というように、そのときに集中をする。常に「今」を生きる。「カメとウサギ」によく例えるのですが、ウサギって興奮状態ですごく速く走って、「余裕だな!」と思って休憩していると亀に追い越されるじゃないですか。でも、亀はゴールにたどり着くまでの自分のペースを知っていて、同じペースで止まることなく進むことができる。現代人はよく、エナジードリンクで「ガーーッ!」と興奮させたりとか、コーヒー等で目覚めさせて、後で脱力…(笑)みたいなことや、バケーションを取ってその後(会社や学校に)行きたくなくなる…だとか、「感情の起伏」や体で言うと「ダイエットとリバウンド」みたいに、ものすごく振り回されすぎているんですよね。その無気力の間、自分のことが嫌になっちゃったり、興奮した後の落ちていく「感情の波」「体調の波」に流されてしまっていて、上手く目標や夢、人生の目的にたどり着けないんですよね。回り道しているような…「ジグザグに人生を進んでいるようなイメージなんだな…」ということに哲学やアーユルヴェーダを学べば学ぶほど、そう感じています。

亀のように、意外とじっとして、ゆっくりと進んでるようなんだけど、着実にステップを踏んでいくというような生き方が出来れば、みんな、きっと、その人生の目的に辿り着けるんだろうな…って。今は自分が想像していたのとは全然違う人生を歩んだりしているんですけど、立ち止まり、ゆっくりしたペースになることは、決して怠けることではなくて、着実に真実や現実に目を向ける事っていうことなんだなぁ…ということを、今強く感じています。

「動くことが正しい」と言われてる中で、「止まる必要性」ということは、すごくハッ!とさせられますね。

そうですね。「なるべく、刺激!刺激!」の世の中ですが、逆に、その刺激を加えた後の「無気力感」に陥らないように、「なるべく落ち着いて、穏やかさを保つということがどれだけ大切なのか」ということを、すごく実感している毎日ですね。

食にもそれって言えるかもしれないですね。
体の中をずっと活動させて、ずっと何かを摂取する。ではなくて、「止めて、休ませてあげる」というのは、すごく関わりがありそうだな、と思います。

本当にそうですね。食事でも、たくさん食べたり、全然食べなかったりというギャップをなくして、常に同じペースで内臓を動かしてあげるという事がすごく大切で。動かし過ぎているんだったら「少し止める」ということも大切です。全てがバランス、というか「中庸」に戻していくことが何より大切。人体には「恒常性」というものがあるじゃないですか。やっぱり「中庸」に戻っていくという「ホメオスタシス」があるように、自然界の中でも絶対的な法則があって、それは「良い塩梅」ですよね。ちょうどいいバランスで、調和がとれた状態に全てがたどり着くと思っているので、「真ん中=継続できる状態」を目指していくっていうところ。「高める」とか「活性化する」とか「興奮させる」という作用って、「上がれば落ちる」。しかし一番難しいんですよね…刺激のないところをどういうふうに保っていくかということが…。でも、それが修行なんだな、と思いながら…。興奮させてしまうのは簡単なんですよね。衝動とか、欲とか、そういったものをかき立たせるは、消費を促す時も食欲を促す時もすごく簡単ですけど、その後に必ず代償がくることを実感しています。難しいけれど「安定感」を継続していくことが現代人の課題なのかな…?と思ったりしています。

とある方が、「トップアスリートになると、興奮することをしない。ずっと『凪』の状態を保てるのがトップなんだというのを聞いたことがあるのですが、そういうことですよね。

私も2年前に務めていた前職で、よくご一緒させていただいていましたが、トップ “ビジネス”アスリートとも言うべき、大きな企業の経営者であればあるほど、あまり自分のペースを乱すことをしないですし、興奮するようなことや大きな無茶みたいなことをしないな、と思って。「自分のルーティーンを守る」とか「安定した道を行く」とか、「ブレない」っていうところをすごく感じていて。これが難しいんだよなぁ…(笑)。

確かに。(私は)毎日ブレてます(笑)。

本当に(笑)。「落ちたら。『気合いを入れてあげよう!』上げたら『落ちる!』」みたいな、そういった極端なものがコントロールできない…。結局は、自分の求めてるとこにたどり着けないっていうようなジレンマなのかなって思ったりしますね。

止まる必要性を実感

止まる必要性って、やっぱりみんな知っていそうで分からない。でも、改めて聞くと、皆さん、動きすぎなところもあるのかなって。

本当にそうなんですよね…。多くのことを成し遂げているように見えて、意外と一瞬一瞬を大事に生きてない。「あれもこれも」というように、色々なところに移動してる時に時間が過ぎてしまっていて、結局その時間って考えてるだけで何もできてないというような、空回りしている人たちがすごく多いんですよね…。昔の自分も含めて。

なので、多くのことを一気にせずに、「1個終わったら1個やる。1個やったら1個やる」というように、そのときに集中をする。常に「今」を生きる。「カメとウサギ」によく例えるのですが、ウサギって興奮状態ですごく速く走って、「余裕だな!」と思って休憩していると亀に追い越されるじゃないですか。でも、亀はゴールにたどり着くまでの自分のペースを知っていて、同じペースで止まることなく進むことができる。現代人はよく、エナジードリンクで「ガーーッ!」と興奮させたりとか、コーヒー等で目覚めさせて、後で脱力…(笑)みたいなことや、バケーションを取ってその後(会社や学校に)行きたくなくなる…だとか、「感情の起伏」や体で言うと「ダイエットとリバウンド」みたいに、ものすごく振り回されすぎているんですよね。その無気力の間、自分のことが嫌になっちゃったり、興奮した後の落ちていく「感情の波」「体調の波」に流されてしまっていて、上手く目標や夢、人生の目的にたどり着けないんですよね。回り道しているような…「ジグザグに人生を進んでいるようなイメージなんだな…」ということに哲学やアーユルヴェーダを学べば学ぶほど、そう感じています。

亀のように、意外とじっとして、ゆっくりと進んでるようなんだけど、着実にステップを踏んでいくというような生き方が出来れば、みんな、きっと、その人生の目的に辿り着けるんだろうな…って。今は自分が想像していたのとは全然違う人生を歩んだりしているんですけど、立ち止まり、ゆっくりしたペースになることは、決して怠けることではなくて、着実に真実や現実に目を向ける事っていうことなんだなぁ…ということを、今強く感じています。

「動くことが正しい」と言われてる中で、「止まる必要性」ということは、すごくハッ!とさせられますね。

そうですね。「なるべく、刺激!刺激!」の世の中ですが、逆に、その刺激を加えた後の「無気力感」に陥らないように、「なるべく落ち着いて、穏やかさを保つということがどれだけ大切なのか」ということを、すごく実感している毎日ですね。

食にもそれって言えるかもしれないですね。
体の中をずっと活動させて、ずっと何かを摂取する。ではなくて、「止めて、休ませてあげる」というのは、すごく関わりがありそうだな、と思います。

本当にそうですね。食事でも、たくさん食べたり、全然食べなかったりというギャップをなくして、常に同じペースで内臓を動かしてあげるという事がすごく大切で。動かし過ぎているんだったら「少し止める」ということも大切です。全てがバランス、というか「中庸」に戻していくことが何より大切。人体には「恒常性」というものがあるじゃないですか。やっぱり「中庸」に戻っていくという「ホメオスタシス」があるように、自然界の中でも絶対的な法則があって、それは「良い塩梅」ですよね。ちょうどいいバランスで、調和がとれた状態に全てがたどり着くと思っているので、「真ん中=継続できる状態」を目指していくっていうところ。「高める」とか「活性化する」とか「興奮させる」という作用って、「上がれば落ちる」。しかし一番難しいんですよね…刺激のないところをどういうふうに保っていくかということが…。でも、それが修行なんだな、と思いながら…。興奮させてしまうのは簡単なんですよね。衝動とか、欲とか、そういったものをかき立たせるは、消費を促す時も食欲を促す時もすごく簡単ですけど、その後に必ず代償がくることを実感しています。難しいけれど「安定感」を継続していくことが現代人の課題なのかな…?と思ったりしています。

とある方が、「トップアスリートになると、興奮することをしない。ずっと『凪』の状態を保てるのがトップなんだというのを聞いたことがあるのですが、そういうことですよね。

私も2年前に務めていた前職で、よくご一緒させていただいていましたが、トップ “ビジネス”アスリートとも言うべき、大きな企業の経営者であればあるほど、あまり自分のペースを乱すことをしないですし、興奮するようなことや大きな無茶みたいなことをしないな、と思って。「自分のルーティーンを守る」とか「安定した道を行く」とか、「ブレない」っていうところをすごく感じていて。これが難しいんだよなぁ…(笑)。

確かに。(私は)毎日ブレてます(笑)。

本当に(笑)。「落ちたら。『気合いを入れてあげよう!』上げたら『落ちる!』」みたいな、そういった極端なものがコントロールできない…。結局は、自分の求めてるとこにたどり着けないっていうようなジレンマなのかなって思ったりしますね。

今までの自分の常識を問い直す機会に

ハワイでのアーユルヴェーダの修行は、体験してみると結構、過酷なもので…朝4時に起きて、火の儀式をしたり、呪文みたいなマントラというものを唱えたりとか、呼吸法とか、瞑想とか、1時間ぐらいじっと座ってるみたいな(笑)。今まで私は「なるべくサラダばっかり食べて、めちゃくちゃ動く。消費カロリー!消費カロリー!」という動く人間だったんですけど、そこではとにかく、じっとさせられるんです。 朝早いし、デバイスも禁止だし、毎日じっと座ったり、ヨガもじっとポーズをとっていたり、「何て苦しい毎日なんだ…」と思いました。私にとっては、長年食べていなかった白米を食べることが最初はとても億劫でした。先生からは「あなたに必要なものだから」と言われるのですが、その当時お米を食べるのが太りそうですごい怖くなっちゃっていて…。でも「その概念を全部一旦、全て取り払って、私に任せなさい。この1ヶ月結果が出なかったら普通の生活に戻ればいいけど、今、変わらなかったら、きっとずっと変わらない。変わりたくてきたのでしょう?自分を信じてみて」と言われて、信じてみることにしました。

とにかく1か月やってみたんです。そうすると、自分がいかに真逆の事をしていたかということに気が付いて、体を整えるためには食べ物を「どのくらいのバランスで」「どのくらいの量で」「どういうふうな食べ方を」、そんな根本的な「食べ方」という事ですら知らなかったことに気付いたんです。このように当たり前のように過ごしている中で、ないがしろにしてしまっていた「生きる」知恵を見失っていた。「なるべく効率よく、マルチタスクしなきゃっ!」という感覚が自分の中にすごくあったんですけど、そうじゃなくて「立ち止まって集中することが、いかに効率的で、それが自分の人生に対して、いかによく働くか、有益に働くか」ということに気付きました。私に必要なのは「動くこと」じゃなくて、「止まること」だったんだということに気が付いた時は衝撃的で、「私は何て無知で真逆の空回りをしていたんだ…」と。

でも、「私みたいな人がほとんどなのではか?」と同時に思い、一生涯かけて「本当の生き方」みたいなもの、「生きる知恵」「意識的に生きること」本当の意味で「生活をする」ということに対してフォーカスを当てて、人生について考え直すきっかけになるような活動ができれば私は本望だな、と悟って、その後すぐに東京に出てきて、その活動を始めた。という流れです。

止まる必要性を実感

止まる必要性って、やっぱりみんな知っていそうで分からない。でも、改めて聞くと、皆さん、動きすぎなところもあるのかなって。

本当にそうなんですよね…。多くのことを成し遂げているように見えて、意外と一瞬一瞬を大事に生きてない。「あれもこれも」というように、色々なところに移動してる時に時間が過ぎてしまっていて、結局その時間って考えてるだけで何もできてないというような、空回りしている人たちがすごく多いんですよね…。昔の自分も含めて。

なので、多くのことを一気にせずに、「1個終わったら1個やる。1個やったら1個やる」というように、そのときに集中をする。常に「今」を生きる。「カメとウサギ」によく例えるのですが、ウサギって興奮状態ですごく速く走って、「余裕だな!」と思って休憩していると亀に追い越されるじゃないですか。でも、亀はゴールにたどり着くまでの自分のペースを知っていて、同じペースで止まることなく進むことができる。現代人はよく、エナジードリンクで「ガーーッ!」と興奮させたりとか、コーヒー等で目覚めさせて、後で脱力…(笑)みたいなことや、バケーションを取ってその後(会社や学校に)行きたくなくなる…だとか、「感情の起伏」や体で言うと「ダイエットとリバウンド」みたいに、ものすごく振り回されすぎているんですよね。その無気力の間、自分のことが嫌になっちゃったり、興奮した後の落ちていく「感情の波」「体調の波」に流されてしまっていて、上手く目標や夢、人生の目的にたどり着けないんですよね。回り道しているような…「ジグザグに人生を進んでいるようなイメージなんだな…」ということに哲学やアーユルヴェーダを学べば学ぶほど、そう感じています。

亀のように、意外とじっとして、ゆっくりと進んでるようなんだけど、着実にステップを踏んでいくというような生き方が出来れば、みんな、きっと、その人生の目的に辿り着けるんだろうな…って。今は自分が想像していたのとは全然違う人生を歩んだりしているんですけど、立ち止まり、ゆっくりしたペースになることは、決して怠けることではなくて、着実に真実や現実に目を向ける事っていうことなんだなぁ…ということを、今強く感じています。

「動くことが正しい」と言われてる中で、「止まる必要性」ということは、すごくハッ!とさせられますね。

そうですね。「なるべく、刺激!刺激!」の世の中ですが、逆に、その刺激を加えた後の「無気力感」に陥らないように、「なるべく落ち着いて、穏やかさを保つということがどれだけ大切なのか」ということを、すごく実感している毎日ですね。

食にもそれって言えるかもしれないですね。
体の中をずっと活動させて、ずっと何かを摂取する。ではなくて、「止めて、休ませてあげる」というのは、すごく関わりがありそうだな、と思います。

本当にそうですね。食事でも、たくさん食べたり、全然食べなかったりというギャップをなくして、常に同じペースで内臓を動かしてあげるという事がすごく大切で。動かし過ぎているんだったら「少し止める」ということも大切です。全てがバランス、というか「中庸」に戻していくことが何より大切。人体には「恒常性」というものがあるじゃないですか。やっぱり「中庸」に戻っていくという「ホメオスタシス」があるように、自然界の中でも絶対的な法則があって、それは「良い塩梅」ですよね。ちょうどいいバランスで、調和がとれた状態に全てがたどり着くと思っているので、「真ん中=継続できる状態」を目指していくっていうところ。「高める」とか「活性化する」とか「興奮させる」という作用って、「上がれば落ちる」。しかし一番難しいんですよね…刺激のないところをどういうふうに保っていくかということが…。でも、それが修行なんだな、と思いながら…。興奮させてしまうのは簡単なんですよね。衝動とか、欲とか、そういったものをかき立たせるは、消費を促す時も食欲を促す時もすごく簡単ですけど、その後に必ず代償がくることを実感しています。難しいけれど「安定感」を継続していくことが現代人の課題なのかな…?と思ったりしています。

とある方が、「トップアスリートになると、興奮することをしない。ずっと『凪』の状態を保てるのがトップなんだというのを聞いたことがあるのですが、そういうことですよね。

私も2年前に務めていた前職で、よくご一緒させていただいていましたが、トップ “ビジネス”アスリートとも言うべき、大きな企業の経営者であればあるほど、あまり自分のペースを乱すことをしないですし、興奮するようなことや大きな無茶みたいなことをしないな、と思って。「自分のルーティーンを守る」とか「安定した道を行く」とか、「ブレない」っていうところをすごく感じていて。これが難しいんだよなぁ…(笑)。

確かに。(私は)毎日ブレてます(笑)。

本当に(笑)。「落ちたら。『気合いを入れてあげよう!』上げたら『落ちる!』」みたいな、そういった極端なものがコントロールできない…。結局は、自分の求めてるとこにたどり着けないっていうようなジレンマなのかなって思ったりしますね。

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